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自己責任の意味って [雑記]

https://rindow33kai.grupo.jp/blog/1159563

ふぅ┐(´∀`)┌

紛争地だとわかっているのに渡航して紛争当事者に捕まったり、↑みたいな北海道の冬山にスノボ装備(登山装備じゃないょ)で入山して遭難とか、助ける義務はホントにあるのかなと。

もちろん人道的な立場からみると、そーゆー人でも助けられるなら助けたい、と思うのですよ・・・でも失敗したからって責任を問われるのはいかがなものかと思うわけで。

今回、救助に当たったのは道警なので救助費用は(担当部署内にそーゆー予算があってそこから支出されるため)実質無料になると思われますが、こーいった裁判で慰謝料の支払いを求められた場合は遭難者の遺族に対して捜索費用の請求をする事も考えられるのでないでしょうか。

あるいは、捜索・救助するにあたって危険だとして、公共機関による捜索救助の断念・中止の判断が早くなるという流れが拡大することも考えられると思います。ぶっちゃけると失敗する可能性があるから中止・・・みたいな。

http://news.mynavi.jp/c_career/level1/yoko/2012/03/post_1601.html

こちらのサイトにあるリスク管理で↓のようにありますが
--引用-----------------------------------------------------------------
山岳遭難のケースに当てはめると
「リスク回避」⇒リスクを生じさせないようにする⇒・山に立ち入らない
「リスク制御」(1)⇒発生頻度を軽減させる⇒・必要な装備を携えて山に行く
「リスク制御」(2)⇒損失規模を軽減⇒・「山岳保険」や「レスキュー費用保険」のような保険を検討する
--ここまで-------------------------------------------------------------
今回、どれもとられてない気がしますけど、どーなんでしょうね。

そりゃーね、気象条件とか厳しいとはいえ救助に失敗した救助隊の方には反省も必要でしょうし、更なる技量の向上を目指して頂きたいとは思いますけど、仮に救助がなかった場合生存していた可能性はどの程度あったのか、あったとすれば救助の失敗は損失といえますけど、生存の可能性がなかったとしたら救助の失敗は損失とはいえないわけで・・・。

凄く冷たいようですけど、こーゆーのは感情ではなく論理で判断しないといけないと思ったり。
まぁ判断は論理的に、行動は情熱的にが理想ですよね、かっこいいし♪

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